要哉はシャーペンを回した。鮮やかな円を描き、停止する。先端を水溶紙の上に滑らせ、みにくく文字を綴り始めた。
――。
四歳の頃、親の口ゲンカがはじまった。
五歳の頃、親がリコンした。
十三歳の頃、オレ経由で知り合いが妹に目をつけた。
十四歳の頃、新しい家族と親せき家族が目の前で殺されナこ。
十四歳の頃、オレ経由でクラスメイトがいじめられた。
十七歳の頃、オレを追っていた親せきの子供が事故で死 レこカけナこ、
(……)
十八歳の頃、妹が包丁で犯された。
十八歳の頃、オレの周りにケガ人が増えた。
どうやらタチの悪いものに好かれているらしい。呪われていそうだ。
それなりのうらみは買っている。こわすのも、おどすのも、ボーリョクも、ゴーカンも、こうそくも、記おくを掘りおこすのも、もみけしも、まあ他にもいろいろやった。
ぶっこわれるだけのきらいな世界だけど、バカみたいに楽しめる。
何やってるんだと言われそうだ。オレもそー思う。変われることなら変わりたい。でも、あきらめている。もうムリだろ。全部。
かなしくてもあきらめている。だって、そっちの方が幸せだろ。
だから、オレは好きになった人を手ばなす。そのためなら、相手の気持ちも、関係も、状況も、全部利用する。
オレの周りには変なヤツが多い。変なふうに笑うヤツとか、何かをうしなったヤツとか。そういうヤツがフツーにもどれたらそれでいいや。あとは終ーわり。オレはお役ごめん。さっさと消えるにかぎるってな。
思われていないとか、必要とされてないとか、そういうことを言うつもりはない。オレはちゃんと知っている。だから、利用できる。
あいつらはオレに何をキタイしているのやら。人を傷つけられるヤツが優しいなんて、そういうの笑いたくなる。ないない。
好きだな。心配もしている。だから、心もこもるんだろう。
「……、はぁ」
ごっこあそびは、りよう。できる。
「……っ、ふ」
オレは二人になるつもりはない。一人でじゅうぶんだ。くり返すから、くり返す。いらない。だから、捨ててやる。全部、利用して、終わりだ。
知られたら怒られるのかもしれない。あるいは悲しまれるのかもしれない。相手しだいっていうやつだから、オレは知らない。何もみるつもりはない。相手の気持ちも、オレの気持ちも、どーだっていい。
「っ……」
ずっと一緒にいたいなんて、オレは思っちゃいけないんだ。だから、はやくはなれろ。やめてくれ。見るな。聞くな。言うな。オレを置いてきぼりにしつづけろ。さっさと他のヤツのとこ行ってしまえ。やめろ。うるさい。だまれ。だま。れ。だ。
――。
ぐしゃ!
要哉はそれを握り潰した。震える手が紙を揺らし、流れる涙が染みを作っていく。
嗚咽を空振らせ、口元を歪めながら笑った。
詰まっていた息を吐くと、シャーペンを机に転がして立ち上がる。床に落ちる音がしたが気にも留めない。
日付はとうに越えていた。寮部屋を共にする二人は眠り続けている。他の人間もそうだろう。
それは要哉にとって好都合な状況だ。
照明を消して部屋を出る。足を動かし、ひたすら突き進む。
長らく歩き、辿り着いたのは海だった。
暗く、黒い、静寂の海だ。
「ほーら吞みこんじゃいな」
ふざけながら腕を振り被り、紙の球を勢いよく放り投げる。
それは大きな弧を描き、水の底へと溶け込んでいった。
笑いながら身を翻す。
波打つ涙は、誰も知らない。
了