哀しいのに、涙が出てこない。心臓の辺りが、痛い。鮮血が脳内に張りついて、消えない。手を伸ばしたくても、家族はもういない。
 呆気なかった。あまりにも。簡単に。殺されて、死んだ。おれは、遺った。あいつも、遺った。……どっか行ったけど。

 こびり付いた感触が気持ち悪くて、拭いたいのに、どうすればいいか分からない。何も、できない。できたら、何か変わっていたのか。大人でも無理だったことを、おれが、止められたのか。分からない、けど、見捨ててしまった。おれが、殺したもんだ。皆、皆。
 後悔しても、もう遅い。今更取り消せないんだ。離婚になった、あの時みたいに。犯人を捕まえられただけでも、あいつの被害がまだ押さえられただけでも、良いと思うべきなのか。

 そんなの、無理だ。おれのせいで。皆、駄目になった。無力なせいで、動かなかったせいで。おれは、そういう奴なのかもしれない。悪い、ごめん、ごめんなさい。

 ……もどかしさを、どうにかしたかった。もうどうにもならないのに。縋りつきたかった。泣き出したかった。温もりが、欲しかった。でも、与えてくれる家族はもういない。おれが無力だったせいで。殺されてたとしても、立ち向かうべきだった。

 顔を上げる。
 個室に集められた親戚が溢れている。おれも、皆も、黒い服を着ていた。壁が白いから、余計に目立つ。
 見渡してみる。皆会話に勤しんでいる。たまに俺を認識して、目を逸らす。それは、いらない子だからか?

 おれは、市閑要哉。でも本当は、七実要哉だった。市閑は母親の旧姓で、再婚相手の男は波事という。
 今この場にいるのは、市閑と波事の親戚だ。つまり、おれとは何の関係もない。いや、あるのか。でも、皆は関係なさそうだ。

 ……違う。よく聞いたら、皆誰がおれを引き取るかで揉めていた。
 デモ、キマズイカラ? 聞こえてきた単語に、ああ、と納得する。だから目を逸らすんだ。

 皆自分勝手だ。殺人犯も自分勝手に行動して、結果がこれなんだ。そういや、元の親も自分勝手に意見を押し付けて、別れたっけ。おれも今、自分勝手に落ち込んでいるだけ。
 ここはそういう世の中か。自分勝手に行動して、壊して、壊れるだけの。

 馬鹿らしい。もういいや。



 俺は波事家の二男に引き取られた。エンターテイメント性に溢れる玩具を作っている会社の社長らしい。
 本当は七実家に戻ることもできたけど、それは俺が断った。
 何となく、もう壊れてる家族の元に戻ってもしょうがない気がしたからだ。
 ……本当は、何かが怖かったのかもしれない、けど。

 三人目の父親は、広い部屋と小遣いと言えないような金を与えるだけで、俺が何処で何をやっても怒らなかった。
 いや、飛び降りた時だけは怒っていたけど。どうでもよかった。

 元の中学から皐月院に転校させてくれて、寮生活が始まってからは、月に規則正しく金を振り込んでくる。後はたまに連絡を寄越してくるだけ。
 長い休みの合間に帰省して、一緒に飯を食ってるから分かるけど、真面目な人だ。気まずくなるぐらいに。

 高校にあがったから構わなくてもいいと言っても、学生の内は遠慮するなと返すだけ。
 後を継いでくれたら良いらしいけど、俺はそこまで生きる気はない。

 ドアを見つめながら思う。次は、俺の番だ。

 了